ついついやってしまう思い方大得意選手権!!まとめ
3回に渡ってやってきた、ついついやってしまう思い方大得意選手権!!
これまでのおさらいです笑
第1位「どうせ私なんて役に立たない落ちこぼれだぁ」
第2位「どうせ私なんて必要とされてないんだぁ」
第3位「私なんかいてもいなくても同じ。だったらいない方がましだぁ」
1位から3位まで並べてみると、自分でも切なくなってくるほど辛い・・・
ところで、この3つの思い方を見ていて、なにか関連性があることに気づきませんか?
どういうことかというと、
自分の存在価値を感じる基準=人の役に立っているかどうか
という判断基準が出発になっているということなんです
まず、人の役に立っているかどうかのジャッジが入る
→役に立っていないと落ちこぼれの自分
→落ちこぼれの自分なんて人から必要とされるわけがない
→必要とされない自分なんて存在している価値がない
→存在価値がないなら自分なんていない方がいい
こんな風に、役に立っているかどうかの判断基準がもとになって
そこからどんどん派生していった結果、いろんな思い方が生まれているわけです
だったら、この判断基準がなくなれば、今のこの辛い思い方も生まれなくなるのでは?
ということで、この判断基準がどうやって生まれるのかちょっと探ってみたいと思います
そもそも判断基準とは、すべての考え、判断、選択や感情などを生み出す基準となるものです
nTechでは、この判断基準をマインドーム(mind(心)+home(お家))と呼んでいます
判断基準は、生まれた瞬間から持っているものではなく、人間が成長する過程の中で
家庭や学校、社会、国、時代から受ける様々な情報によって形成されていきます
そうして形成してきた判断基準が中心になって、善悪、好き嫌いなど物事を判断していくようになります
「自分の存在価値を感じる基準=人の役に立っているかどうか」
という私が持っている判断基準も、幼少の時から家庭や学校、TVなどのメディアで
「人の役に立つ大人になりなさい」と言われ
人の役に立つことが◎、親からも社会からも認められることとして作られていった結果生まれたものになります
こんな風にして生まれた判断基準ですから、この判断基準が完全だとは到底思えません
だって、育った家庭や国、時代が違えば、また全然異なる判断基準を持つようになっていたことが容易に予測できるからです
なのに、自分の判断基準が絶対だと無意識のうちに思い込んで、この判断基準に支配されていきているのが人間
私もまさに、自分で作った不完全な判断基準に縛られて、様々な思い方を作って辛い思いをしている状態だったのです
では、無意識のうちに絶対だと思っているなら、一生この判断基準のもとで生きなければならないのでしょうか?
そんなことはありません
nTechでは、これまでの成功哲学のように、判断基準を残したまま見ないようにするのではなく
判断基準をAllZero化し、新たに判断基準を作りだすことを可能にしています
自分がどんな判断基準を持っているのかを意識化し
ないところからその判断基準を作りだしたことを明確に理解すれば
これまで辛い思いをしてきた判断基準に縛られないようになります
私も、nTechを通して自分の持っている判断基準から少しずつ自由になってきているように思います
考え・感情に悩まされて人間関係がうまくいかない
ある状況にくると、必ず同じ考え・感情が出てきて嫌な思いをする
など、判断基準で悩みを抱えている方は、ぜひnTechに出会ってみてくださいね
本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました☆